昨日の夜は、雨だった。
雨に濡れて真っ黒な地面を見つめながら、玄関の前に佇む。
家の中からは、坊主がお経を読み上げる声が聞こえる。
黒服の男女が行き来しているうちに、夜闇は深くなっていった。
「ユージーン、大丈夫?」
幼なじみの円来が、優人を心配そうな目で見つめる。
「ああ」
「ちょっと、お手洗いに行ってくるといいの。自分の顔、鏡で見て」
力ない返事を聞いた円来は、優人に退席を促した。
円来に背中を押された優人は、そのまま家の裏口のほうへ歩いて行く。
広くない庭には、優人の祖母が育てていたツツジが咲いていた。
小さい頃はよく、この花をむしって蜜を啜っていたと思う。
懐かしさを感じながら、ひとつ掴んで、花の付け根に口をつける。
甘い味と、雨の味がした。
* * *
摘んだツツジを手のひらに隠しながら、家の裏手にあるオレンジ畑に向かう。
「誰だ」
暗闇の向こうから、譲治の声がする。
「優人か」
すぐに柔らかい声に戻り、優人のほうにオレンジを差し出す。
「籠のそばに落ちていたんだ。千代さんが収穫したものかもしれないな」
「ありがとうございます」
土を払ってから、優人はもう片方の手にそれを収めた。
「これからどうするんだ?」
ざっくりとした質問になにも答えずにいると、譲治は言葉を続ける。
「前に少し話しただろう。千代さんの親戚が都会のほうに住んでいると」
「先週の卒業式で、ひとつ区切りになったからな。四月から向こうに住むことも、考えに入れていい気はするが」
「寂しくはなるが……自分の将来の選択肢を広げるために、新しい場所に行くのも、可能性としては有りだと思うぞ」
「そうですね……今は、全く……」
「まあ、無理もない。千代さんが亡くなったのも、ほんの何日か前のことだからな……」
やっぱり、ばあちゃんは亡くなったんだ。
もう、あの家にはいなくて、会うことはできないんだ……。
優人はもやもやしたままの心の中で、そう呟いた。
「でも優人には、しっかりと自分の人生を歩んで欲しい」
「この土地のことや、オレンジ畑を誰が世話するのか――そういった事情は考えず、
自分にとって一番良い選択をして欲しいんだ」
「なにかあれば、今までどおり、儂がなんでも聞いてやる」
「ありがとう、村長」
優人は礼儀正しく、また、友人に接するような距離感で譲治に礼を言う。
「でも、俺――」
「やっぱり、この村に居たいです。離れたくないっていう気持ちが、一番大きいけど……」
「ほぼ他人みたいな親戚を頼るより、こっちで、独りで……暮らしたほうがいい」
実感は沸かないが、独りで生きていく覚悟は、少し前から出来ていた。
祖母が体調を崩し始めてから、なんとなく。
「それが優人の選択か?」
「はい」
「そうか」
譲治は短く呟いて、優人の意思を受け止める。
「村長、お願いがあります」
「俺に、農業を教えてほしい。ばあちゃんが残したこの土地とオレンジを、自分で育てていきたい」
「自分に出来ることは少ないけど、いつかは、誰かの役に立てるのかもしれない」
「今まで面倒を見てくれた村長に、なにもお返ししないまま村を出て行くことは、出来ないなって……思う」
「ふむ……」
譲治は顔をしかめて、それからすぐに笑った。
「優人も、言うようになったなあ」
「いくらでも教えてやろう。覚悟しておけ。朝は早いぞ」
「頑張ります……」
譲治は喜びながらも、優人が虚勢を張っていることはわかっていた。
それより、優人が自分の言葉で、自身の気持ちを伝えてくれたことが嬉しかった。
* * *
葬儀を終え、自室のベッドにひとり横たわる。
虫の鳴き声に、心がざわついて眠れない。
寂しさに押し潰されそうになって、ぎゅっと目をつぶる。
今日も雨だったら、目尻から零れた涙に言い訳できたのにと、優人は思った。
父親は火災で亡くなり、母親と姉は、ある日突然村を出ていってしまった。
そして唯一の家族であった祖母も、病気と老衰で亡くなった。
いつか独りになる覚悟は出来ていたけれど、本当の孤独は想像以上のものだった。
日常生活の何気ないことが、喪失感に繋がってしまう。
「でも、俺は……恵まれているほうだって」
絵を描けば、見てくれる人が必ずいる。
次を期待されて、新しい絵を生み出していく。
それは、この村の人に必要とされているということ。
優人にとって、絵を描き続けることは、他人と繋がることであり、孤独に打ち勝つひとつの方法なのだ。
絵を描くことだけは、やめないように。
自分は、生きる道を選んだのだから。
「……よし!」
身体を起こし、譲治から受け取ったオレンジを剥いて食べてみる。
甘い味と、雨の味が、口に広がる。
オレンジの皮と、しおれたツツジの花を交互に見つめた。
これが、ばあちゃんの涙の代わりで、自分はいつまでも泣いてちゃいけない。
どんよりした気持ちは曇り空のせいにして、絵筆を握り締め、“トンネル”を目指す――。
원문입니다만.. 좀 나중에 번역할 생각.
일단은 유우토의 할머니가 돌아가신 직후에 유우토가 진로 어떻게 할지 결정하는 내용입니다.
처음엔 많이 좌절하다가 이 마을을 떠나고 싶지 않아서 할머니가 가꾸던 오렌지 밭을 가꾸면서 일단 자기가 좋아하던 그림 그리는걸 집중해보기로 하는 내용.
다음화는 1월 5주차에 업로드 에정이란거보면 다음주 쯔음 올라오려나봅니다.